Exhibition
特別展示室 「その他、企画」第13回2026.9.30 WED

「ミステリー文学資料館ニュース」 再録(3)

作家の直筆原稿は、展示の〝目玉〟

 ミステリー文学資料館が発行していた冊子「ミステリー文学資料館ニュース」を再録するシリーズ、その第3回はミステリー作家の貴重な資料を展示した企画展に関する記事をいくつか紹介する。
 2019年まで東京の要町で開館していたミステリー文学資料館。その閲覧室に隣接した展示コーナーでは、日本ミステリー史における重要作家や、光文文化財団が主催する「日本ミステリー文学大賞」受賞作家などの展示を定期的に開催していた。
 重要作品の初刊本はもちろん、万年筆や創作ノート、メモ帳、カメラなどの愛用品、取材旅行での写真など、その作家の歴史と功績を回顧する品々が展示されたが、なかでも人気だったのが直筆原稿、いわゆる「生原稿」だ。人気作品の〝あの場面〟を作家自身の筆跡で読むことができ、毎回、展示の目玉となっていた。
 それぞれの文字の癖や修正の入れ方がそのまま残る原稿は、編集者が入稿時に入れた赤鉛筆の指定とともに作家の息遣いを感じられるようで、来場者の注目を集めた。

「資料館ニュース」創刊号(2000年4月7日刊)では「〈カッパ・ノベルス〉から飛翔した作家たちⅠ」と題した展示(2000年5月12日~)を紹介。その前年に創刊40周年を迎えた光文社カッパ・ノベルスの第二の興隆期を担った森村誠一、夏樹静子、赤川次郎、西村京太郎の4氏の貴重な資料を展示したものだった。
「ニュース」の記事では、赤川次郎氏と西村京太郎氏の直筆原稿をピックアップして写真を掲載している。

  • (上写真)赤川次郎氏『三毛猫ホームズの推理』(1978年、光文社カッパ・ノベルス)初刊本と直筆原稿。(下写真)西村京太郎氏『寝台特急殺人事件』(1978年、光文社カッパ・ノベルス)初刊本と直筆原稿。

「第9号」(2004年2月2日刊)では「森村誠一ワールドの原点」の展示(2004年2月14日~)を紹介している。40年におよぶ作家生活で著者は300冊を超える(当時)森村氏。幅広いジャンルで活躍されたが、やはりその中核となるのがミステリーで、広大な森村ワールドの原点を探る企画だ。直筆原稿としては『高層の死角』『新幹線殺人事件』『人間の証明』のものが展示された。

  • (上写真)森村誠一氏『新幹線殺人事件』(1970年)の創作ノート。(中写真)『高層の死角』(1969年)初刊本と直筆原稿。(下写真)『人間の証明』(1976年)初刊本と直筆原稿。

「第12号」(2006年2月1日刊)で紹介した展示は「夢を紡いで三十年 赤川ヴァラエティ」(2006年2月1日~)。第9回日本ミステリー文学大賞を受賞した赤川次郎氏はこの展示の時点でまもなく作家生活30周年、著作は500冊に迫ろうとしていた。ミステリー、ホラー、恋愛小説、青春小説など広範な分野での執筆活動と、映像化やコミック化、ゲーム化、海外翻訳など、メディアミックスで広がる世界を「ヴァラエティ」をキーワードに展示した。なかでも1976年にオール讀物推理小説新人賞を受賞し、作家活動のスタートとなった「幽霊列車」の直筆原稿は注目を集めた。

  • (下写真)オール讀物推理小説新人賞を受賞した赤川次郎氏「幽霊列車」の直筆原稿。「オール讀物」1976年9月号で発表された。

  • 上記「幽霊列車」の直筆原稿を拡大。

 続いて「第14号」(2007年2月26日刊)では、第10回日本ミステリー文学大賞を受賞した夏樹静子氏の展示を掲載。タイトルは「夏樹静子の華麗な世界」(2007年3月14日~)。学生時代から創作活動を始め、1973年に『蒸発』で日本推理作家協会賞を受賞するなど人気女性ミステリー作家として華々しい活躍を見せた夏樹氏だが、その視線は常に現実社会とそこに生きる人間へ向けられていた。展示では中学時代の同人誌「伊豆文学」や大学時代の江戸川乱歩賞最終候補作『すれ違った死』の直筆原稿に始まり、エラリー・クイーンとの交流など創作活動の全貌を紹介した。

  • (下写真)1960年に江戸川乱歩賞の最終候補となった夏樹静子氏『すれ違った死』の直筆原稿。

 今回最後にご紹介するのは、「第16号」(2008年3月3日刊)で掲載された「旅と推理で紡ぐ日本の心 ―内田康夫のミステリアス・ワールド―」(2008年3月12日~)の展示の記事。内田氏が第11回日本ミステリー文学大賞を受賞したことを記念しての展示だった。未だトップレベルの人気を誇る「浅見光彦」シリーズの生みの親である内田氏。浅見初登場作『後鳥羽伝説殺人事件』(1982年)以来書き続けた旅と人と歴史のコラボレーションによる作品群で、読者は日本の姿を見つめなおし、新たな日本を発見した。多彩な創作活動の紹介のなか、『横浜殺人事件』の直筆原稿も展示された。

  • (下写真)内田康夫氏『横浜殺人事件』(1989年、光文社カッパ・ノベルス)初刊本と直筆原稿。

 原稿用紙への手書きからワープロ専用機、そしてパソコンのワープロソフトと、作家の執筆方法は技術の進化とともに変わっていった。新人賞の応募作品数が増加し、またプロの作家の作品数も増えてミステリー小説界が隆盛を誇ったことに、この技術進化が大きく影響していることは間違いない。今後も新たに生まれた技術のもと、執筆方法は変わり続けていくと思われる。しかし一方で、作家の姿を垣間見るような直筆原稿が持つ魅力と貴重性が、ますます高まっていくことも疑いようがない。

江戸川乱歩の「二銭銅貨」の草稿や「黄色団」の直筆原稿が掲載された「第6号」の記事はこちら。