Exhibition
希少本コレクション 第2回2024.6.14 FRI
『黒死館殺人事件』小栗虫太郎
「奇書」としか形容しようのない作品
今では400字詰め原稿用紙で1000枚を超す長編はまったく珍しくないが、かつては小栗虫太郎『黒死館殺人事件』と夢野久作『ドグラ・マグラ』、そして塔晶夫『虚無への供物』がそのハードルを超えた三大長編として語り継がれていた。
『黒死館殺人事件』は博文館の「新青年」に1934年4月号から12月号まで連載され、1935年5月に新潮社より刊行された。連載時の挿絵は松野一夫で、単行本の装幀も松野である。当時、ブームのなかで探偵小説本が数多く刊行されたが、この装幀はとりわけ目を惹いたに違いない。序文は江戸川乱歩と甲賀三郎だ。
松野一夫による装幀の単行本(新潮社)。炎に包まれる館が描かれた化粧箱、そして本の表紙の紋章が美しい。
「新青年」での連載第1回。やはり松野一夫が描いた挿絵が幻惑的な世界を醸し出している。
小栗虫太郎のデビュー作は1927年、織田清七名義で「探偵趣味」に掲載された「或る検事の遺書」である。1933年、「完全犯罪」を一面識もなかった甲賀三郎に原稿を送り、甲賀の推薦を得て「新青年」の編集部に持ち込む。たまたま横溝正史が病気で予定していた原稿ができず、その代わりに掲載されたのが本格的な作家デビューとなった。
新潮社は1932年から翌1933年にかけて「新作探偵小説全集」全10巻を刊行しているが、目立つほどミステリーへの興味があった出版社とは思えない。逆に言えば、それだけ小栗虫太郎という作家が当時、出版界で注目を集めていたのだろう。刑事弁護士の法水麟太郎がペダントリーたっぷりに謎を解いていく『黒死館殺人事件』は、今でもやはり奇書としか言いようがない。