Exhibition
特別展示室 「その他、企画」第10回2026.1.16 FRI

オリジナルと復刻版(2) 「探偵趣味」

「探偵趣味の会」機関誌として創刊され、編集は作家の当番制で。

 探偵小説の愛好家にとって「探偵趣味」という言葉ほどそそられるものはないだろう。それがいつごろから使われるようになったのかを詳らかにするのは難しいだろうが、1925(大正14)年に創刊された探偵雑誌が「探偵趣味」と名付けられたのは、ある意味必然だったと言える。

 その年の4月頃、当時大阪在住だった江戸川乱歩のもとに、大阪毎日新聞社会部副部長の星野龍猪(筆名・春日野緑)から手紙が届く。探偵趣味について話したいと言うのだ。早速会ったふたりは意気投合し、「探偵趣味の会」を結成することになった。

 星野龍猪は新聞記者関係に、そして江戸川乱歩は西田政治や横溝正史らに声をかける。江戸川乱歩『探偵小説四十年』によれば、第一回趣味の会が開かれたのは411日とのことだ。そして同会の機関誌として9月、「探偵趣味」が創刊される。創刊時、「探偵趣味の会」は大阪のサンデーニュース社内にあったが、翌年1月発行の第4輯からは東京の春陽堂が発売元に、そして第6輯からは会も同社に移った。

  • 左の復刻版は2024年11月第1回配本で第1巻〜第5巻(第1輯〜第20輯収録)が、2025年7月第2回配本で第6巻〜第10巻(第21輯〜第34輯収録)および別冊(解題・総目次・執筆者索引)が、三人社より刊行された。

 当初、編集は当番制で、原稿の依頼や校正も担当していたという。江戸川乱歩、春日野緑、小酒井不木、西田政治、甲賀三郎、村島帰之、延原謙、本多緒生、巨勢洵一郎、牧逸馬、横溝正史と順に担当したが、第6輯からは大学生の水谷準が常任の編集当番を務めている。

 1926年に江戸川乱歩と横溝正史が相次いで東京に居を構えると、会の中心は東京となった。第2年第9号より小酒井不木、甲賀三郎、江戸川乱歩の三人による編集を謳ったが、実際には水谷準が編集長だった。一方、関西の会員は独自に地元の探偵雑誌に協力するようになる。探偵文壇の活発化で探偵小説を掲載する雑誌が増えていった。その一方で、「探偵趣味」への寄稿はしだいに精彩を欠くようになり、次号より平凡社を発行元とすると告知した号で廃刊となってしまうのだった。

  • 創刊号には「本誌の編集は同人が交代でやる。」の言葉とともに、担当する順番で作家名が記載されいてる。水谷準は「常任」だった。(左がオリジナル、右が復刻版)

  • 第四輯に掲載された江戸川乱歩のエッセイ「ある恐怖」。(左が復刻版、右がオリジナル)

  • 創刊号に掲載された小酒井不木のエッセイ「女青鬚」。(左が復刻版、右がオリジナル)