Exhibition
希少本コレクション 第9回2025.11.14 FRI

「昭和10年頃の探偵小説ブーム〈2〉 木々高太郎編」

短編、長編を次々に発表し、ブームの波に乗る。

 1948年に、「新月」で第1回探偵作家クラブ賞短篇賞を受賞し、1951年から「三田文学」の編集委員を務めて松本清張を見いだし、1953年には第3代探偵作家クラブ会長となった木々高太郎の、探偵作家としてのスタートは意外に遅い。

 同じ科学知識普及会評議員であった海野十三の紹介で、最初の短編「網膜脈視症」を『新青年』に発表したのは、193411月号である。本職は、あのイワン・パブロフのもとで条件反射学を研究したこともある、慶應義塾大学医学部の大脳生理学者ながら、折からの探偵小説ブームの流れのなかで、本職に根ざした独自の作風が注目を集め、短編を次々と発表していく。

  • 『就眠儀式』の装幀。改造社、1935年刊。

    『睡り人形』(春秋社、1935刊)に続く第2短編集で、巻末の「跋」では収

    録作の創作意図が述べられている。

  • 『就眠儀式』の中扉。

  • 『就眠儀式』の本文冒頭のページ。

  • 『決闘の相手』の装幀。春秋社、1936年刊。

    装幀は著者自身の手による。巻末の「跋」には

    収録作についての思い出が語られて興味深い。

  • 『決闘の相手』の本自体はクロス装で、豪華な作りだ。

  • 『決闘の相手』の目次ページ。デザインが美しい。

  • 『決闘の相手』の本文冒頭のページ。

 19371月、海野十三や小栗虫太郎とともに「探偵文学」を改題しての「シュピオ」を創刊する。そして同年、最初の長編『人生の阿呆』で第4回直木賞を受賞した。

雑誌「シュピオ」 はこちら

  • 『折葦』の装幀。春秋社、1937年刊。

    『人生の阿呆』に続く第2長編。「報知

    新聞」に半年にわたって連載された。

  • 折葦』の装幀には、本文の一文がデボス加工で入れられている。

  • 『折葦』の本文冒頭のページ。右ページには、本書の装幀も著者自身の手による

    ことが記されている。

 「探偵小説芸術論争」を唱え、戦前戦後、本格派と論争を交わしたことでも知られている。