
「探偵小説」叢書 春陽堂
泉鏡花が寄稿するも、叢書刊行の動機は……
明治時代の中期、黒岩涙香がヒュー・コンウェイ『法廷の美人』、エミール・ガボリオ『人耶鬼耶』と『有罪無罪』、フォルチュネ・デュ・ボアゴベイ『片手美人』、アンナ・キャサリン・グリーン『真っ暗』などを立て続けに翻案して、日本にも「探偵小説」というジャンルが確立された。そしてその涙香の「無惨」や須藤南翠「殺人犯」といった創作も発表されていく。最初の「探偵小説」の流行、と言ってもいい。
なかでも特筆されるのは春陽堂の叢書である。江戸川乱歩は評論書『幻影城』のなかでこう述べている。
〝この時期に最も特筆すべきは春陽堂の「探偵小説」と名づける叢書であろう。明治二十六年から七年のはじめにかけて二十六冊を出しているが、作者は紅葉門下の硯友社の作家が主で、凡て匿名、中に泉鏡花だけは本名のままで「活人形」という一冊を書いている。匿名のうち筆者の分っているのは江見水蔭「四本指」三宅青軒の「火中の美人」など。大部分の筆者は私にはまだ分っていない。〟
11集『活人形』(泉鏡花)の表紙。
泉鏡花のみ、本来の筆名で書いている。
そのラインナップは以下のようなものだった。
1 作者名不詳『十文字』
2 荵山人『百萬両』
3 一二三子『電氣の死刑』
4 作者名不詳『五人の生命』
5 一二三子『やれ手紙』
6 愛剣堂主人『影法師』
7 しのぶ『足の跡』
8 芙蓉生『美人狩』
9 哀狂坊『風流医者』
10 鉄血子『血染の釘』
11 泉鏡花『活人形』
12 柳川子『怨之片袖』
13 無声居士『左きき』
14 烟波生『黒髪』
15 二橋生、刀川子『銀行の秘密』
16 芝山人『無頭の針』
17 黒松子『手形の賊』
18 青軒居士『火中の美人』
19 落水子『四本指』
20 曲水子『緋桜』
21 紫村子『美人石』
22 白露子『残菊』
23 遠山情史『船中の殺人』
24 しのふ『物言ふ玉』
25 環翠子『女の死骸』
26 森田貞之助『親か子か』
このうち10冊は「訳」になっている。
1集~5集の表紙(左上から右下へ)。
6集~10集の表紙(左上から右下へ)。
11集~15集の表紙(左上から右下へ)。
16集~20集の表紙(左上から右下へ)。』
21集~26集の表紙(左上から右下へ)。
この叢書は、探偵小説の流行に危機感を抱いた、尾崎紅葉門下の硯友社一派による対抗策であった。いわゆる、悪貨は良貨を駆逐する、の論法で粗製濫造したのだ。しかし、やはり読者にはあまり歓迎されなかったようである。のちに作家としての評価を高めた泉鏡花の『活人形』以外は、作品が復刊される気配はない。