
Exhibition
特別展示室 「全集」第5回2025.4.30 WED
「甲賀・大下・木々傑作選集」春秋社
戦時体制の抑圧の下で刊行した大型企画
1930年代半ば、日本のミステリー界は単行本が次々と刊行されて活気を呈した。しかし、営業的に芳しくなく、そして1937年7月に勃発した日中戦争に前後しての戦時体制の強化もあり、「ぷろふいる」「シュピオ」「月刊探偵」といった専門誌は次々と廃刊となってしまう。ほかの雑誌も含めて、娯楽の抑圧のなかでミステリー発表の場が徐々に失われていくのだった。
夢野久作『ドグラ・マグラ』を皮切りとして、ミステリーの単行本を多数刊行した春秋社が1936年11月に創刊した「探偵春秋」も、1937年8月で終刊となっている。ただ、そうした世相にあっても春秋社は、1938年8月に「甲賀・大下・木々傑作選集」を刊行し始めるのだ。
当時のミステリー界を代表する三人を揃えた。
江戸川乱歩は別格として、甲賀三郎と大下宇陀児、そして木々高太郎の三人は当時のミステリー界を代表する作家だった。その代表作をまさしく網羅するこの選集は、戦前のミステリー界の掉尾を飾る大型企画と言えるだろう。
ただ各作家8冊、全24冊が予告されたものの、甲賀が8冊、大下が7冊、木々が6冊と残念ながら完結にはいたらなかった(1939年7月に中断)。そこには「探偵春秋」と題された小冊子が挟み込まれていた。貴重なエッセイが掲載されているが、ミステリーの出版に力を注いだ春秋社の意地が感じられる。
甲賀三郎の第一巻は「姿なき怪盗」を収録。
大下宇陀児の第六巻には「奇蹟の処女」が入れられた。
木々高太郎の第六巻には直木賞受賞作の「人生の阿呆」が。