Exhibition
希少本コレクション 第4回2024.10.17 THU

『鬼火』横溝正史

療養中に少しずつ書き上げるも、紆余曲折を経る表題作を含んだ短編集

 1935(昭和10)年9月に春秋社より刊行された短編集で、表題作の他に「蔵の中」「面影双紙」「獣人」が収録されている。夢野久作『ドグラ・マグラ』を始めとして、ミステリー(探偵小説)の刊行に意欲的だった出版社からの魅力的な装幀の一冊である。


ミステリーに意欲的な春秋社ならではの魅力的な装幀。

 神戸で薬剤師をしていた横溝正史は、江戸川乱歩に慫慂しょうようされて1926年に上京した。すでにいくつかの短編を発表していたが、博文館に入社し、「新青年」の編集長にまでなった。そして1932年に退社して作家専業となる。

 ところが翌年、肺結核を患い、長野県諏訪の富士見高原治療所で療養することになった。もちろん創作活動への意欲を失ったわけではないが、体調から1日に原稿用紙にして34枚書くのがやっとだったという。そして3か月かけて書き上げた「鬼火」が、竹中英太郎の挿絵で「新青年」の19352月号と3月号に分載された。


「新青年」の19352月号に掲載された「前篇」。挿絵は竹中英太郎。


同じく「新青年」の19353号に掲載された「後篇」。

 この作品は前編の表現の一部が検閲に引っかかって削除を命じられてしまう。すでに店頭に並んでいた「新青年」の該当頁は切り取られたらしい。したがってこの春秋社本に収録されたのは、作者によって補筆されたバージョンである。 

 その後、さらに作者自身の改稿があり、「新青年」の無削除バージョンの復刻があったりと、「鬼火」のバージョン違いは横溝正史研究家にとって悩ましいのである。