Exhibition
希少本コレクション 第3回2024.8.16 FRI

『石榴』(限定本)江戸川乱歩

乱歩自身が「最も気に入っている」著書

 1935(昭和10)年10月に柳香書院より刊行された江戸川乱歩の限定本である。1000部限定著者署名本だった。

 『探偵小説四十年』(1961)のなかで乱歩は、「柳香書院の主人が私の我儘を容れてくれたので、装釘その他なかなか贅沢なものになった。この本は私の二百何十冊の著書のうちで、最も気に入っているものである」と記している。

 400字詰め原稿用紙にして110枚の表題作「柘榴」が掲載されたのは「中央公論」の1934(昭和9)9月号だった。『黒蜥蜴』『人間豹』『妖虫』を連載中で忙しい江戸川乱歩が、編集者の熱心な依頼に応えて書いた作品である。「中央公論」が乱歩作品にどれだけ期待していたのかは、貼雑年譜に貼られている種々の新聞広告で分かるに違いない。


「柘榴」を掲載した「中央公論」誌の広告は様々な新聞に掲載された(『貼雑年譜』)。

 ただ、EC・ベントリーの『トレント最後の事件』を意識した、いわゆる「本格」(乱歩によれば純探偵小説)の作品の評価は、あまり芳しいものではなかった。それでも乱歩が自信作と思っていたのはこの限定本で明らかだろう。本書にはほかに「陰獣」と「心理試験」が収録され、装幀は「著者」となっている。


扉ページに入れられたサインに、この本への乱歩の思いが窺われる。

 柳香書院は小栗虫太郎や木々高太郎の登場によって訪れた、1930年代半ばのミステリーブームのなかで、完結には至らなかったものの、江戸川乱歩・森下雨村監修を謳った全30巻の「世界探偵名作全集」を企画し、大倉燁子や森下雨村のミステリーを刊行している。