秘密探偵雑誌
松本泰・恵子夫妻の探偵小説への熱意を原動力に
日本の探偵小説史はどうしても、1923(大正12)年に江戸川乱歩のデビュー作である「二銭銅貨」を掲載した、「新青年」(1920年創刊)を中心に語られることが多い。だが、その1923年5月に創刊された「秘密探偵雑誌」もまた、大正時代後期に探偵文壇が形成されていく流れのなかで、読み逃すことができない雑誌である。
発刊の中心にいたのは松本泰・恵子夫妻である。1887(明治20)年生まれの泰は、慶應義塾大学在学中から「三田文学」「スバル」「雄弁」などに小説を発表し、1913年に最初の短編集『天鵞絨』を刊行している。その年からイギリスに遊学、探偵小説に親しみ、帰国後の1921年に「濃霧」を大阪毎日新聞の夕刊に連載する。乱歩に先んじての創作探偵小説だった。
そしてイギリス時代に知り合った恵子とともに奎運社を興してスタートさせたのが「秘密探偵雑誌」だった。創刊号は翻訳探偵小説と犯罪実話が中心だったが、天文学関係の随筆で知られる野尻抱影、その弟でのちに『鞍馬天狗』で一世を風靡した大佛次郎、詩人・フランス文学者の平野威馬雄といった執筆陣は松本夫妻の人脈で、「新青年」とはまた違ったテイストを漂わせていた。
松本泰をメインにした創作もしだいに増えていく。1等賞金200円を謳って創作懸賞募集も告知されたが、そこに発生したのが1923年9月1日の関東大震災である。出来上がったばかりの次号が焼けてしまい、そのまま廃刊となってしまうのだ。
しかし松本夫妻の探偵小説への意欲がなくなることはなかった。奎運社での出版活動は続けられ、1925年3月、「秘密探偵雑誌」の後継誌として「探偵文芸」が創刊されるのだった。


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